(BGM「願い」是非一緒に再生してみてください)
いつからだろう。こんな風に同じ温度で、同じことを考えて、きれいなものを見れば感動して。つらいときは、何故、つらいのかがわかった。
そんな風に槇や青葉と今もこうして過ごして、ずっとそういう風にいることができたらいいなって思った。
いつもの帰る電車から降りて、定期券を改札にかざす。祐は駅から出ると息を吐いて、白い花を咲かせた。白い息を沢山吐いて、花を咲かせていく。
空中に浮かんだ白い花たちを見て笑顔になって、歩き始めた。
ピンクと群青の色のインクで滲ませたような夕暮れが綺麗だった。小走りで走っていく。帰り道に必ず寄る場所があるからだった。そこを走って目指した。
祐
「はっ……はっ……」
槇がくれたマフラーがほどけて落ちそうになったのを走りながら結び直して祐は足を急がせた。日が暮れてしまう前に、辿り着きたいと思ったからだった。
駅前の商店街を抜け、アーケードを越えて、潮の香りがするところへ。走って。走って。急いでる自分が面白くて笑ってしまったりして。
着いた。ザブリと波が音を立てた。広い海にピンクと群青の空が映りこんで、海鳥が鳴いた。いつも、この場所に祐は毎日寄っている。
もう、ここには、海小屋はない。今年の春に取り壊された。古い建物だからって、祐たちが来てたのも噂になっていたのか、砂浜の管理者が危ないからと撤去したのだった。
寂しかった。この砂浜には、もう誰もいない。
祐
「加藤さん……僕……」
初冬の寒さに白い息を吐きながら、祐は一人この広い広い砂浜に立ち尽くす。
祐
「また、会えるって信じてます」
誰もいない場所でそう呟く。祐はリュックサックを砂浜に置いた。そして、砂浜に腰を下ろす。祐はこの海に着くと、いつもこうして座って、海を眺めている。
ここにいれば、また、もしかしたら、会えるかもしれないって、そう思うから。
加藤さんがつらいことを許して、受け入れて、海が呪いじゃなくなって、穏やかな表情じゃなくて笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣いて、もう何も何も考えないで、
ここに、戻ってくる日が来たら。
祐は瞼を閉じた。願う、願い続ける。きっと、途方もないのだけど。言っても、願っても、神様なんて、いないのだけど。
海が運ぶ波の音が、祐の気持ちを安らかに溶かしてくれる。
今日も。明日も。明後日も。
(僕は、ここにきてよかった。)
(加藤さんが、いて、よかった。)
願い続ける。波の音が聞こえる。