朝焼けのブルー
- a f t e r  s t o r y  w i n t e r  -


(BGM「窓辺の向こう」是非一緒に再生してみてください)

 いくつもの季節が流れた。春が舞って、夏がざわめき、秋がするりと抜けて。
冬の窓辺。霜が張ったガラスを指でなぞる。高校生になった槇は、最近ちゃんと結べるようになったネクタイをぶらさげて、ふっと息を吐いた。
 白く淡く、それは空気に溶けた。


「槇さん」

 高校生になっても彼らは図書委員になった。クラスは別になってしまったが、昼休みと放課後はあの頃のように顔を合わせるのだ。いつの間にか背が伸びて槇の頭一つ分ぐらい大きくなった祐は、図書室に着いた後、槇の隣に立って右手にそっと自分の左手を重ねた。


「……」

 槇は顔を赤らめながら横目で祐を見た。祐は槇の書いた窓の文字を見つめていた。”しあわせ”と四文字、そう書かれていた。


「僕、嬉しいです。こうして、槇さんと今日も一緒にいることができて」

 祐はいつもどストレートだ。槇は恥ずかしくても、手を払わなかった。
 やがて二人の間に少しの沈黙が流れたのだった。祐はぽつりと言った。


「幸せに……」

 祐は言いかけて口をつぐみ、どこか遠くの方を見つめた。槇はその姿をじっと見つめる。祐は、時々遠くを見ていると思う。ふとした瞬間、遠いどこかを見ている。槇はその視線の宛先も知っていた。

 海の、記憶。砂浜で出会った青年の。あれからどうしているかはわからない。便りもなく、祐からも何も聞いていないのだった。

 チャイムが鳴った。今は放課後。廊下からバタバタという足音と賑やかな声が聞こえてくる。帰る人もいれば部活へ行く者もいる。皆、様々だった。


「祐くん」

 槇はそっと重ねられてた手を外し、祐の左手に、今度は自分の右手を重ねた。
 そっと微笑んで、祐の左手を少しだけ、握った。


「大丈夫よ。きっと……」

 祐は槇に目線をやり、祐もまた、微笑んだ。やわらかい表情でこちらを見ている。


「そうですね。きっと加藤さんは、つらい人の気持ちも理解しているから、きっとどこへいっても」


「……」


「つらい人に寄り添う心があって、誰かのそばにいると思います。そんな、気がします」

 槇は苦笑いして頷いた。手先はさっきまで冷たかったのにいつのまにか温かくなっていた。祐の手はいつだって温かかった。いつだって、いつだって温かかったんだ。どんなときも隣で、ちょうどいいくらいの力加減で手を握って、ちょうどいいくらいの温度で会話してくれて、いつもそっと背中に手を軽く置いてるぐらいで見守ってくれた。
 だけど、いつも少し遠いところを見てる時の祐の瞳はまっすぐなようで危うくて脆くてどこか消えてしまいそうで、手を握っていなきゃいけなかった。


「大丈夫、祐くんが、加藤さんと出会ったから。きっと、大丈夫」

 波の音が今も遠く聞こえる。高校は海から離れたところに通ってるのだけど、今もかすかに波の音を思い出す。
 子守歌のような、懐かしい、安心する音だ。二人は、窓の向こうを一緒に見つめ続けた。
ストーブがカタカタと音を立てているのに、二人だけが、海のない場所で波の音を感じていた。

 心の中に、いつも海辺の日々のことがある。

青葉
「おーい。いちゃついてないで、早く図書室の鍵かけろよ~」

 後ろを振り返ると、図書室の入口でジャージを着た青葉がにっと笑っていた。サッカーボールを腕に抱えていた。部活に寄る前に少し顔を出してくれたらしい。


「いちゃついてなんか……!」

 槇は真っ赤な顔で青葉に叫ぶ。祐がくすくす笑って、手を振る。

サッカー部の先輩
「おーい、行くぞ~」

青葉
「あっ。はい!今行きます! じゃーな!お二人さん!」

 青葉が急いで図書室から出て走っていく。祐も槇も顔合わせて一緒に笑った。

【page2へ続く】